星の章(飛鳥時代−平安)

(一) 
 
星が落ちた。松巨嶋の南のあたりだった。その夜は、どんよりと曇った空で、雲の間を突き抜けて一筋の光の柱が立ったように見えた。その時の音はあたり一帯に響き渡り、奈良の都には天変地異を知らせる早馬が走った。
 翌日、本地村の人々は、火柱の立ったあたりにだれが言うともなく集まった。
「なんとでかい穴だ・・・。」
「いったい何があったんだ?」
「雷様が雲の上から落ちなさったか?」
 穴の外で、村の衆が口々に話しているのを尻目に、いきなり穴の中に飛び降りた者がいる。村で力自慢の正六であった。正六は、穴の底に降り立つと、いきなり手にした鍬で一番くぼんだあたりを掘り始めたのである。
「やめれ!正六。雷様のばちがあたるぞ。」
村の衆は、口々にいさめたのであるが、正六は何かのあてがあるかのように掘りつづけた。やがて、穴の底から黒ずんだ石のかたまりを取り出し、重そうに穴の外に運び出した。
「これは、星が降ってきたんだ。」
正六は、村の衆に見せながら説明を始めた。
「空の星の中には、じっとそのままで動かない星もあれば、地面に流れ落ちる星もある。これは、その流れ星のひとつなんだ。」
村の衆は、黙ったまま正六の手にある子どもの頭ほどの大きさの石を、恐る恐るのぞきこんだ。
「そんなもん掘り出してまって、神様のばちがあたれせんか・・。」
 正六は、怖がる村の衆に静かに話した。
「これは天からの贈り物だ。めったにあることじゃない。これを村の宝にするべきだぞ。」
「それもそうだ・・・。」
 村の衆は、正六の迫力に無理やり説得される形で、翌日には祠(ほこら)を作るという話がまとまり、それぞれの家に引き上げていった。隕石は、もちろん正六が家にもって帰ることになった。
 隕石の話が、大和の国の舒明天皇の耳に伝わったのは、その二日後であった。県主(あがたぬし)が早馬で知らせたのである。舒明天皇は、空から落ちてきたという星を、ぜひとも見たいと思った。そこで、早馬を折り返して、県主に大和まで運ぶように命じたのである。 県主の使いである、久米の宇津木が本地村にやってきたのは、村人たちが星の落ちたあとに小さな祠を建てて、村人全員で祭りを終えたころだった。だから、久米が話した言葉には、村人の大半が怒り出していた。
「これは、この村に落ちてきた星だでな。」
「こうして神社も作ってまったがや。」
「なんで、今更持ち出すなんてことを言うんだ。」
久米は、村人の剣幕に驚き、とりあえず出直すことにしてその場を立ち去った。
「このままでは、星をもって行かれてまうぞ。」
 正六は、何かいい方法はないかと考えた。やがて、他の村人に焚き火の準備を頼んで、自分はどこかへ行ってしまった。しばらくして、自分の家から星と同じくらいの石を持ってきて、村人が用意した焚き火の中にほうりこんだのである。
「正六、おめー・・・まさか・・。」
「あーそうだとも。すめらみことをだますのさ。」
とにやりと笑った。
「星は、丘の上の館あとに隠しておけばいい。」
 館あとというのは、ずっと昔にオウスとミヤズの住んでいた、松巨嶋の館があった場所のことである。村人は、その伝説から「館あと」と呼んでいた。

 翌日、久米が兵を十名ほど連れて、やや強めの態度で星をとりにきた。村人は、正六の作った石を黙って渡し、心の中でぺろっと舌を出した。久米は、喜んで石を舒明天皇の元に届けたことは言うまでもない。

(二)
 その夜、あゆち潟で魚をとっていた漁師が、松巨嶋から紫の光が立ち上っているのを見た。ゆらゆらと煙のように空高くまでのびているのである。不思議なこともあるものだと思いながらも、その日はそのまま漁を終えて家に戻った。その翌日も、またその翌日も、紫色の光は空に向かっているのが見られた。漁師は陸に船をつけて、その光の出所を探してみた。松巨嶋の上に登り、光の方に向かって行くと、それは館あとの地面の中から出ているのである。ちょうどそこに、息を切らせて走ってきた正六や村人たちとばったり出会った漁師は、村人にわけをたずねた。
「ここには、空から降ってきた石を埋めてあるんだ。」
と村人が答えると、漁師は言った。
「毎晩、光が気になって、漁もまともにでけん。それに、そのうち役人にも気付かれちまうぞ。」
 正六と村人たちは、それもそうだとうなずき合ったがいい考えが浮かばない。翌日、村の物知りの年寄りにたずねることにした。
 一方、大和の都では、舒明天皇は毎日「空から降ってきた石」実は、正六の家の漬物石なのであるが、これをながめては一日を過ごしていた。
「このように焼けたあとがあるのはなぜじゃ?」と朝廷の学者に尋ねてみる。学者は、「星が落ちてまいります時には燃えているからでござります。星が落ちてくるのは千年に一度と言われております。」
と答えると、天皇は、(この世にたった一つしかない宝物である。)そう思うだけで幸せな気分だった。しかし、そんな天皇の元に、松巨嶋の不思議な光の話が届いたのである。天皇は、星の落ちたあとを見てみたいと考えていたところに、そんな不思議な話を耳にして、ぜひとも松巨嶋まで行ってみたくなった。
「御幸(みゆき)をする。」
と周りの人たちに告げると、すぐに準備を命令し、300人ほどの行列を従えて出発することが決まった。行き先は、もちろん松巨嶋であるが、自分の興味本位で御幸をしたと言われないために、熱田の剣を見に行くということにした。
本地村では、村の年寄りの家にみんなが集まって相談をしていた。
「どこか違う場所に石を移してはどうだ?」
「いやいや、また光が出るかもしれん。そりゃだめだ。」
「水の中ならだいじょうぶじゃなかろうか?」
「地面の中でも光をとおすくらいじゃ。水では蝦夷の国にまで光が見えてしまうじゃろう。」
という具合になかなか意見がまとまらない。そこで、年寄りが言った。
「これは、おそらく、そのまま埋めてあることがいけないんじゃろう。社を作り、その中に納めれば光はでなくなるはずじゃ。」
「しかし、朝廷に石を渡したから、神社の中にご神体があっちゃまずいのでは?」
と正六がたずねた。年寄りは、館あとにもっと立派な神社を作ることを提案し、朝廷から尋ねられたら、石が空中で二つに割れて、別々に地面に落ち、その一つがこの石だと言えばよいという意見を出した。
みんなは、なるほどとうなずき合ってその夜は家に帰っていった。

 翌日からさっそく神社作りが始まった。年寄りの提案で、「星崎の宮」と名づけることに決まった。十日ほどで神社も完成し、光も出なくなったので、みんなで胸をなでおろした。
 天皇が本地村に来たのは、その二日後だった。村の年寄りが、打ち合わせどおりに説明をする。そのかたわらに、隕石を両手で抱えた正六がいた。正六は、内心心配だった。(この石も召し上げになってしまうかもしれない・・)そう考えると、隕石を持つ手に自然と力が入った。
「二つにのぉ・・・割れたとな?」
「そういえば、空で光が二つに分れて落ちてきたような・・」と村人が言う。
「これは、こんな田舎に置いておくべきものではないであろう。」と朝廷の役人。
結局、本物の隕石も朝廷に納めることになってしまった。しかし、その代わりとして、「星崎の宮」を朝廷が保護してくれることになり、本地村の人々にもようやく静かな日々がもどった。

舒明天皇の夢に隕石が出てくるようになったのは、隕石を自分の部屋にかざった数日後だった。毎晩違う夢ではあったが、恐ろしい夢ばかりであった。ある晩には、自分に向かってくる隕石の光で目がくらみ、目が覚めた後でもいつまでもめがちかちかしているほどだった。
 睡眠不足になった天皇は、朝廷のまじない師を呼び、夢の話をした。
「ミコト様に申しあげます。その隕石は凶兆でございますぞ。いつか、取り殺されてしまうやもしれませぬ。」
天皇は、いっこうに普通の石と変わりない隕石に飽きてきていた。
「きっと隕石も、もとの社に戻りたいのであろう。」

本地村に隕石が戻ってきたのは、1ヶ月もたたなかったのである。
 隕石は、星崎の宮に納まり、村は何事もなかったかのようにおだやかな日々が続いた。しかし、1年に一度だけ、ちょうど隕石が落ちてきた日になると、空に向かって紫色の不思議な光が立ち上るのである。

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