星 崎 城 奇 譚

笠寺小学校が建っている場所は、かつては星崎城がありました。
さらに古い時代には、星宮神社が祭られていたそうです。
このあたりには、古くから人が住み、様々な人間模様が
あったことと思います。
その生活を物語として書き表していく中で、
笠寺学区についての興味がさらに高まればと思います。
なお、登場人物、団体などはフィクションです。

風の章

 (一) 
 海からの心地よい風を受けながら、オウスはふと左手にある小高い丘(松巨嶋)を見上げた。
「あの丘の上からのながめは、すばらしいだろう・・」
 と考えながら、氷高(現在の大高)にある館へと足を速めた。オウスの後ろには、伊勢からの行軍に疲れた100名ばかりの丈夫(ますらお)が付き従っている。つわものぞろいの大和朝廷の軍団とは言っても、さすがに伊勢から尾張までは遠く感じるものである。
「国造(くにのみやつこ)の館はもう目と鼻の先だ!」
 オウスは自分に言い聞かせるように、後ろに向かって叫んだ。氷高には尾張の国造であるオトヨの館がある。そこで、数日ほど休息をしようと考えていたのである。
 オトヨの館に着き、自分が歩いてきた方角をながめると、さきほどの丘が見える。オウスはオトヨにたずねてみた。
「あそこに見える丘は、なんというところでしょう?」
 それに対して、オトヨはていねいに答えた。
「あれは、松巨嶋と言って、ずっと前は島だったところです。」
 翌日、兵を休めておいて、オトヨに馬を借りたオウスは、松巨嶋まで出かけてみた。馬を丘の下につないでおいて、オウスは上までよじ登ってみた。思ったとおり見晴らしはいい。氷高の館からは見えなかった西の方の山々が見える。オウスは、山の向こうにあるふるさとのことが一瞬頭をかすめたものの、すぐに、大和朝廷軍の大将軍の目であたりを見渡した。
「ここに城を築くと、敵が攻めてくるのが一目でわかる。いい城ができるのであろう・・・。」
とつぶやいた。
 オウスの考えが実現され松巨嶋の南に城が作られるのは、それから千年も後のこととなる。
 オトヨにはミヤズという娘があった。オウスは自分の任されている東征が終わったら、ミヤズと結婚したいと考えていた。その気持ちを伝えるために、オウスはミヤズを誘い、松巨嶋まで散策に出かけた。
「わたしは、東の方の朝廷にまつろわぬ国々を従わせる役目がある。それが終わるまで、待っていてくれるだろうか。」
とオウスはたずねた。
「わたしは、あなたのお帰りを、この丘の上でお待ちいたしております。」
ミヤズはにっこりと笑い、答えた。
 オウスはそれから数日後、東征に出発した。オトヨは、オウスが戻ってくる前に、オウスと娘のミヤズが暮らすための館を、松巨嶋に建てることにした。
 オウスは、数年後、相模の国までを朝廷に従わせて、無事に戻ってきたのであるが、その間に、多くの兵と親しい人々を失ってしまった。その中には、ミヤズの兄にあたるタケイナダネも含まれていた。オウスはミヤズと新しい館で暮らしていても、そのことが頭から離れなかった。
 ある日、館を訪れた旅人から、伊吹山に悪い神がいるため、多くの人が困っているという話を聞いたオウスは、
「わたしが話をしてきましょう。」
とオトヨに話した。
「それでは、わたしの館の兵を連れておいきなさい。」
とオウスに30人ほどの兵を従わせようとした。
オウスはしばらく考え、その申し出を断った。オウスの頭の中には、東征で失った兵、一人一人の顔とタケイナダネとの思い出が消えていなかったのだ。
「伊吹の神など、わたし一人で十分です。剣もミヤズの元に置いていきましょう。」
と話し、翌日には一人で伊吹に向かったのである。
 ミヤズの元に、オウスの死が伝えられたのは、それから数週間たってからだった。ミヤズは、オウスとの思い出のある館を去り、剣を熱田津に社を作って祭った。だれも住まなくなった松巨嶋の館は、しだいに朽ちていってしまったのである。
(二)
 数十年が過ぎた。人々の心の中からは、大和朝廷の軍団のことも松巨嶋の上に建っていた館のことも忘れ去られていった。そして、伝説だけが残った。松巨嶋の崩れた館は、村の子どもたちのかっこうの遊び場となっていた。屋根に上ってあゆち潟をながめる子どももあれば、天井のはりにぶら下がって遊ぶ子どももいる。そんな中に、松吉という十歳になろうとする子どもがいた。
 松吉は、背が低いので、屋根にも上ることができない。また、天井にぶら下がることも難しかった。だから、いつも地面を掘っては、がらくたのようなものを探し出すのが毎日の日課になっていた。
 その日も、館の裏庭にあたるところを、そばにあった木を使って掘り返していた。しばらく掘っていたら、何か硬いものの感触があったのである。松吉は、石だろうと思って、そのまま掘りつづけていたら、漆で厳重に固めた長い箱を掘り出したのである。
「なんだ・・・こりゃ?」
 松吉は、箱を開けずに自分の家に持ち帰り、縁の下に隠しておいた。その夜の松吉の夢の中に、不思議な景色が現れたのである。自分の背よりも高い草原の中に、松吉は一人で立っていた。そのうち、まわりから自分に向かって、火の手が迫ってくるのである。松吉は、驚いて目が覚めた。その次の夜も、同じ景色の中に自分が立っていた。いや、前の夢の続きで、火がさらに自分に近づいているのである。そこで目が覚めると朝だった。松吉は、両親が田に出かけるのを待って、隠してあった箱を開けてみることにしたのである。
 箱のふちを固めてある漆は、厳重に塗ってあり、道具も何もない松吉には骨が折れる仕事だった。半日近くかかってようやく箱を開けると、中には輝くばかりの剣が入っていた。長さは、十束(つか)ほどであるが、取り上げてみると驚くほど軽い。松吉でも十分に持つことができるのである。
「こりゃ、すげーや。おいら、朝廷の兵になったみたいだ。」
しばらく、振り回してから、また元の箱にしまい、縁の下に隠しておいた。
 その夜、松吉はまた草原で火に囲まれていた。<熱い>と感じた瞬間、まわりの草がなぎ払われて、火は逆の方向に戻っていったのである。不思議な夢だった。それから、松吉の昼間の楽しみは、家の中で剣を振り回すことになった。振り回しているだけで、心が落ち着くのである。剣の使い方を知っているわけでもないのに、剣が勝手に動く感じがして、松吉はうれしかった。
 しばらくして、松吉はまた怖い夢を見た。自分に向かって、八つの頭を持った大きなへびが口を大きく開けているのである。その夢を毎晩見た松吉は、とうとう両親に剣を見せ、夢の話をした。両親もわけがわからなかったが、
「こんなものを持っていると、役人に何を言われるかわからない。長老のところへ持っていこう。」
 その翌日、剣を長老のところへ持ち込み、今までの夢の話をした。
「この剣は、おそらくアメノムラクモ。別の名を、草薙の剣と呼ばれるものじゃろう。」
 長老は、話を聞くなり、大昔の伝説について語りだした。その中には、ヤマタノオロチも草原で火をつけられた話もあった。松吉と両親は、自分たちの持ち込んだものがとんでもない剣であることがわかって、声も出なかった。長老はさらに続けた。
「ミヤズヒメは、おそらく別の剣をおさめたのじゃろう。しかし、ここに本物があるとわかった以上、いつまでも置いておくわけにはいかぬ。明日にでも、熱田津の社におさめてこよう。」
 その夜、村人全員が同じ夢を見た。白い大きな鳥が、松巨嶋から飛び立ち、熱田津の方へ向かって行く夢だった。


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