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ようこそ若水中学校へ | |
若水中学校は昭和37年に開校して60年近く歴史を重ねてきています。周囲には緑あふれる千種公園や高等学校、千種聾学校、東部医療センターなどがあり、閑静な住宅地域に立地しています。 こうした学習環境の中、「チャレンジ若水」を合い言葉に「心の教育推進」「基礎基本の重視」など、何事に対しても生徒が最後まであきらめず、努力することを教育活動の主眼に置き実践を続けてきているところです。 本校の校章には、中心に「若」の文字を刻んだペン先を配し、学業をシンボライズしています。また和の精神を表現した曲玉により「水」を描き、全体として「中」を表しています。これは、生徒が若くみずみずしく、しかもたくましく伸びていくことを願う意味が込められています。 また、正門には、記念碑「理想」が建てられており、未来での活躍を互いに誓い合う精神を表しています。先輩から脈々とつながる理想を追い求める姿を、この記念碑を見るたび心に刻んでほしいと思います。 こうしたことを踏まえて、本校では一人一人の生徒がお互いに尊重し、仲間との絆を大切にする生徒の育成を目指しています。 |
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校章の由来 | |
中心の柱は学業のシンボルであるペン先をかたどり、左右に「まが玉」を配して和の精神を表しています。その両者を合わせて「水」の文字を作り、奥に「中」を入れて、中央上部の「若」の字とともに「若水中」を構成しています。邪気をはらい除くためにくむ「若水」にちなんで、生徒たちが常に邪悪をしりぞけ、正善を志して学業に励み、和を尊とんで強調し、たくましく伸びてほしいという願いが込められています | |
本校の歴史 | |
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本校は戦前の名古屋陸軍造兵厰千種製作所の工場跡に立てられています。名古屋空襲でこのあたりは激しい空襲にさらされました。戦後の復興計画で、学校・病院・公園の集まる「平和と憩い」の地域になりました。校庭にある榎の木は、当時の千種製作所の正門あたりに植えられていた防火林の中の1本を植えかえたものです。 本校は、昭和36年に振甫中学校の分校として発足し、昭和37年に開校式(入学式)が執りおこなわれました。当時、振甫中学校から第1学年17学級(786名)が移り、開校しました。新入生が毎年入学してきて、全学年がそろったのは開校から3年目の昭和39年でした。昭和39年の学級数は27学級、生徒数1399名でした。昭和50年代は生徒数がほぼ1000名前後でしたが、平成になってから減少し、平成15年度では生徒数419名、学級数12学級になりました。 |
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校 歌 | |
![]() 校歌(MIDI) 楽譜(PDF) |
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