約束
野田紫貴華
2001年7月28〜31日
マレーシア・ティムロー町
私のホームステイ。決していいものではなかった。後悔している。きっと、私のホストファミリーの方も困ってしまったことだろう。その理由は、私の体調が悪く迷惑をかけてしまったからだ。
私は、ホームステイ村へ向かう日の昼、おなかをこわしてしまった。昼ごろは、たいしてひどくもなく、まだ元気でした。
ティムロー町に着きホストファミリーの方々が開いてくださった入村式が終わり、各自ホストファミリーの家へと移動し、ホームステイプログラムが始まった。
私の家族はお父さん、お母さんと子供が4人。長女のワニン、長男のアレフ、次女のワラン、三女で赤ん坊のワティン。みんなとてもかわいく、やんちゃで、まっすぐに育ったいい子だった。
家に着き、子供達と少し遊び、疲れた私は寝た。夜になり、急にお腹が痛くなり、その晩は夕食もとらず、心配する家族の人に申し訳なく思いながら寝た。夜中には、激痛に苦しみながら何度も起きた。朝になり昨日飲んだ薬も効果がないと悟り、重い体を起こし心配するお母さんに朝食を断り、お父さんに集合場所まで送ってもらい、サンデーマーケットへ出かけた。サンデーマーケットの見学も苦しみの見学となり、家へと帰ってきたらまた休んだ。あまりに心配したお父さんが薬を買ってきてくれ、感謝した反面、とても迷惑をかけている事に対して情けなく、悲しくなり、そしてそんな自分がたまらなく嫌になって、でも苦しくて。複雑な気持ちで泣きたくなり、また自分の部屋にこもってしまい、夕食を断り結局その日は何にも口にする事なく床に着き何の薬をのんでも効果のないお腹に腹がたった。夜中に何度も痛みで目が覚め苦しみました。また朝がきて、少しの食パンとビーフンを食べ、ケルダウ高校へと移動した。移動する時も、先生やナコスのメンバーも迷惑をかけている自分に気づき、申し訳なく、早くよくなる様に祈り続けた。ケルダウ高校へ着いても、あまり交流もできずに終わった。
そんな事をしているうちに3泊4日のホームステイも明日で終わるという日の夜、キミー(大野君)のホームステイ先で、私たちナコスのメンバーの歓送会があった。私のお母さんが貸してくださった民族衣装に身をつつみ出かけた。民族衣装を着ることができ、また歓送会に参加できることが、とても嬉しく幸せに感じた。その会での挨拶は、うまく言えなかったけど、自分の気持ちは伝えられたと思っている。こんな体験をさせてくれたホストファミリーの方々やホームステイ村を作ったサハリマンさんにお礼を言い、体調が悪かった私を心配し迷惑をかけてしまった家族にも、お礼を言った。
翌日。別れのときがやってきた。朝起きたときには子供達はすでに学校へでかけていて、別れの挨拶はできなかったが、お父さん、お母さん、赤ん坊のワティンに見送られながら別れを惜しんだ。体調がいいときにきたかった。もっと家族の人と交流を深めたかった。もっと子供達と遊んであげればよかった。もっと、もっと・・・。後悔は数え上げればきりがなく、そんな私に笑顔を見せてくれている家族にありがたく思い、そして泣いた。離れたくないという涙と、後悔の涙。こんな私に父はお土産をくれた。服だった。そして、「また今度、ハネムーンでおいで。」と言ってくれた。私はうなずいた。冗談かもしれなかったが、私はその約束を果たすつもりでいる。4・5年後、いつになるか分からないが。今度は体調が良いときに。